2019年04月07日

雨にうたれて 110

一呼吸してから、樹名は携帯で得子の番号に電話した。
「もしもし?萬治さんですか?幸福寺の宮本樹名です」
誰かわかるように、樹名はわざと旧姓で名乗った。
「実は、父が今日の正午前に亡くなりまして」
「えっ!!ご住職が?」
さすがの萬治得子も驚きで二の句が継げないようだった。一瞬の沈黙の後、
「つい一週間まえにお見舞いに行ったときには、まだお話してはったのに・・・」
と、震える声で言った。
「昨日から容体が急変してしまったんです。ご連絡遅くなって申し訳ありません。あと、葬儀の件なんですが、赤十字病院には京都市内の『恩恵社』さんが業者として入ってて、父は『恩恵社』さんとも仕事上のお付き合いがあったものですから、あっという間に『恩恵社』さんに連絡がいってしまって・・・」
「えっ!!そしたら、もう『恩恵社』が葬儀の準備を始めてはるんですか?」
慧淳が亡くなったショックから即座に立ち直って(このへんが、真の商売人といえるだろう)、得子はシャキッとした声で訊いてきた。
「はい。そうなんです・・・」
ここで泣くしかない!!
樹名は一世一代の演技力をフル活動させて涙声を出した。
「本当は・・・ううう(泣き声)親しくしていただいていた萬治さんに葬儀を取り仕切ってほしかったんですけど、う、う、う(泣き声)私たち家族が呆然としている間に、『恩恵社』さんたちがあっという間に全部決めてしまって。本当にごめんなさい!!わーん(号泣)」
演技のはずだったのだが、本当に涙がボロボロ出てきた。
「いいのよ、いいのよ。樹名さんも本当に大変よね。もう泣かないで。しっかりお母さんを支えてあげてね。私もこれからお悔みに行かせていただきますね」
案外、萬治得子っていい人なのかも・・・
電話を切って、涙を拭きながら、樹名は思った。

次の電話は辛かった。
慧淳がいよいよ悪くなってから、しょっちゅう空手の稽古を休まなくてはならなくなって、そのたびに連絡網を回してくれていた、真治の母、紀子への電話だ。
樹名はごくりと唾を飲み込んでから、電話をかけた。
「もしもし・・・紀子さん?」
「樹名ちゃん・・・まさか・・・」
勘のよい紀子は、樹名の口調で全てを悟ったようだった。
「うん。今日のね、正午前にね・・・」
その後は、言葉にならなかった。
「ううう・・・」
紀子の嗚咽が電話越しに聞こえてきた。
それを聞いて、樹名もまた涙がふくれあがってきた。
(紀子さん・・・こんなにもパパのこと、慕ってくれてたんだ・・・)
そのことにも胸がいっぱいになった。
「ぐすっ。連絡網回すね」
「ごめんね。ありがとう。お通夜が7月7日の18時から。葬儀は7月8日の正午からです」

そのあと、紀子もお通夜も葬儀でも気丈にふるまってくれていたようだ。樹名や美江の知らないところで気を遣って動き回っていてくれたに違いない。



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posted by 大原緑心 at 21:33| 京都 | Comment(0) | 小説「雨にうたれて」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

雨にうたれて 109

「あのおばはん、パパの葬式を盛大にして、自分の会社をアピールするつもりやわ!!何回もお見舞いに駆けつけて、様子をうかがってたもの」
美江はことあるごとに、憎々しげにそう言った。
「パパのお葬式は、寺葬になるもんね。そりゃ、ものすごい宣伝効果あるよね」
樹名は美江がその話題を出すたびに、そう言って相槌を打っていた。
その時、樹名は美江の心の闇をそれほど理解していなかったのだ。

なにかことあるごとに、夫を呼び出す萬治得子。自分のことは軽く扱う萬治得子の思う通りには絶対にさせるつもりはない。美江はそんな決心をしていたようだ。
樹名は、慧淳が日に日に衰弱していく様子にただただ胸を痛めていた。夫の史人もそうだった。何度も「もう見てられないよ」と樹名に言っていた。それでも、乳飲み子を抱えているので、なかなか病院に行けない樹名の代わりに、仕事帰りに病院に寄っては、慧淳の動かない脚をさすってくれた。
業識は、父親が亡くなった後に自分にかかってくる責任の重さに、ただただ、おののいていた。一度もよそに就職したこともなく、大学を出てすぐに父と寺の仕事を始めた業識。空手の指導も、常に慧淳の言うことに従ってやってきた。父親が入院して心底困っていたのは跡取りの業識だった。箱入り息子は、だんだん、自分の責任の重さが恐ろしくなってきていた。だから、慧淳が亡くなる一か月前くらいから、毎日不機嫌だった。樹名は、慧淳のことが心配でそんな態度をとっているのだとばかり思っていたが、気の弱い長男は、これから自分に襲い掛かってくるあらゆる試練のことを思い、どうすればよいのか途方にくれていたのだ。

そんな若者たちの思いとは別に、美江は、慧淳が亡くなったあと、長年自分を馬鹿にしてきた親戚とは縁を切り、そして萬治得子には一泡吹かせてやろうと考えていた。

結婚して32年。その間、美江は自分を殺して慧淳と寺のために尽くしてきた、と自分ではそう思い込んでいた。新婚当初、どれほど姑や舅、小姑にいじめられたか、親戚に辛く当たられたか。ことあるごとに美江は自分の子どもたちに話して聞かせた。それは絶対の味方を手に入れるためだった。美江の子どもたちへのマインドコントロールはある程度は成功していた。

慧淳が亡くなってすぐに、樹名に萬治得子へ電話をかけさせた。
「いい?あんたの口の上手さを存分に使うときよ。萬治のおばはんに、赤十字病院は、『恩恵社』が専属についていて、亡くなったらすぐに『恩恵社』の人が来て、あっという間に葬儀の算段をしてしまった。私も母も普通の状態でなかったから、止めることができなかった。本当にごめんなさい、そう言ってウソ泣きしてね」

樹名の結婚が決まったとき、破格のお祝い金を萬治得子は持ってきていた。そして結婚式に招待したときも、これまたびっくりするほど高額のお祝いを包んでくれていた。
「それもこれも全部、パパの葬式で大儲けしようって考えているからよ」
美江はそう樹名に話していた。
「それもあるだろうけど、萬治のおばちゃん、パパに友情を感じているからっていうのもあるんじゃない?」
樹名がそういうと、
「あんたは、甘いわねえ。あんな商売人は、自分の得になることしかしないのよ」
萬治得子の本当の考えなど、樹名にわかるはずもないので、(そうかなあ)と思って、樹名はその時、それ以上何も言わなかった。

美江の剣幕がものすごいので、(夫を亡くして我を失ってるんだろう)と樹名は美江の言うとおりに萬治得子に電話することにした。
実際のところ、「恩恵社」がもう寺葬の準備に取り掛かっているので、もう「彼方―KANATA」の出る幕はなかった。
恩恵社の担当者、向日さんは中村雅俊似の寡黙で真面目な人柄だった。向日さんは、慧淳が亡くなったと聞いて病院に駆けつけ、慧淳の手を握り、静かに涙を流していた。
慧淳はやり手であったので「恩恵社」とも仕事をよくしていたのだ。
向日さんの男泣きは葬儀屋さんのわりに、本当の心が現れているように樹名も思った。親分肌の慧淳は向日さんとも心やすくしていたのだろう。
賽は投げられたのだ。美江の考え通りに。もう萬治得子に電話をするしかない。



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posted by 大原緑心 at 22:44| 京都 ☀| Comment(1) | 小説「雨にうたれて」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

雨にうたれて 108

すったもんだの揉め事の中でも、樹名(じゅな)が特に冷や汗をかいたのは、とある葬儀屋への電話報告であった。

葬儀屋「彼方―KANATA」の女社長、満治得子(まんじとくこ)は、いつの間にか慧淳(えじゅん)の飲み友達の一人になっていた。まるまると肥えた立派な体躯の持ち主で、色白の丸顔である。笑うと、いや笑わなくとも目が細く、一見とても愛想のよい女社長であるが、まさにやり手ともいえるべき手腕の持ち主で、京都南部地域の仏壇屋の中では、群を抜いて売り上げを伸ばしている。

女性特有のきめ細やかな気配りも合わせ持っているので、法事で必要なちょっとした小道具、例えば茶菓子を入れる和紙で作った入れ物などを思いついて店で売りだしたり、数珠も女性が喜びそうなきれいな石を使ったものを取りそろえたりとアイデアパーソンでもある。
初めて出会ったのはいつなのか、樹名はイマイチ覚えていない。まるで幽霊のように近づき、いつのまにか幸福寺に入り込んだ業者の一人だ。

最初は仏壇屋「信頼堂」として店舗を拡げていった萬治得子であるが、その目は10年後、20年後の世の中を見据えていた。やり手商売人の眼力で、葬儀屋が儲かる時代が来ると踏んだ萬治得子は、地元の銀行に何千万と借金をして、葬儀屋「彼方―KANATA」をオープンしたのだ。

葬儀屋は地元密着の商売である。田舎では昔からの葬儀屋がやはり幅をきかせていた。そんな中、「彼方―KANATA」が売り上げを伸ばしていくには、寺と提携を結ぶことが必要不可欠である。
世襲制の浄土真宗寺院の住職の中では、慧淳はやり手の住職であった。得子はそれを見抜いていたのだろう。慧淳は幸福寺がある和気田村(わきたむら)以外の市町村にいる檀家の葬式では、なるだけ「彼方―KANATA」を使うようになった。
いわゆる、winwinの関係となっていたのだ。

一方、美江はそんな得子と慧淳の関係を快くは思っていなかった。女性らしい嫉妬もあったろうが、子どものような純粋さを持つ美江は、葬儀を商売として取り扱う得子のようなタイプの人間を軽蔑していた。美江は一度も就職することなく、大学卒業後は花嫁修業をしてそのまま嫁いできている。アルバイトは別にして一度も自分の手で生活費を稼ぐということをしたことがない美江と、得子のような「世の中、金なれ」タイプの人間は水と油と言える。
その点、慧淳は寺を大きく繁栄させることを考えている経営者タイプの人間なので、得子の商売人らしいイヤラシさに気づきつつも大人の付き合いをしていた。



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posted by 大原緑心 at 22:06| 京都 | Comment(0) | 小説「雨にうたれて」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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